2012年07月30日

ケニア Kenya


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ケニアと聞いて、あなたが思い浮かべるものはなんでしょうか。

サファリ?
マサイ族?
箱根駅伝の選手?
灼熱の太陽?

日本ではまだまだ知られていないケニアの姿を、
ケニアの人々に教えてもらいましょう。


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ケニアは、アフリカ大陸の東部に位置しています。

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「僕の大切な国、ケニアは、こんなところです」

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「北はエチオピア、東はソマリア、南東はインド洋に面していて、
南はタンザニア、西はウガンダ、北西は南スーダンに接しています。
ウガンダとタンザニアの間には、とても大きなビクトリア湖があります。」

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ケニアは日本の約1.5倍の面積を持ち、
日本のおよそ3分の1ほどの3,980万人が暮らしています
(2009年、世界銀行)。
サファリの戦士として有名なマサイ族のほか、キクユ族、カレンジン族、ルオ族など、
42もの部族がともに暮らしています。
アフリカ諸国のなかでは比較的、安定した国です。


ケニアの国旗を、見たことはありますか?

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中央にあるのは、交差する槍と、盾。
槍と盾はケニアの「名誉、伝統、自由を守る戦い」を示し、
背景の黒は漆黒の肌を持つ「ケニアの国民」を、
赤は独立のために流された「ケニアの人々の血」を、
緑は雄大な自然を有する「ケニアの大地」を、それぞれ表しています。
その間を結ぶ白い横線は、「平和と団結」です。

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ケニアは、1963年に独立するまで、イギリス政府の支配下にありました。
1885年のベルリン会議で、イギリスやドイツ、アメリカなどの列強による
アフリカの分割支配が一方的に決められ、ケニアへの侵略が始まったのです。

ヨーロッパからの移住者に土地を奪われ、
イギリス政府の直轄植民地となったケニアを救ったのは、
ケニアの人々自身でした。

1952年、白人移住者を追い出すことを目的に起こった「マウマウの乱」は、
イギリス政府が5万人の軍を出し、ようやく制圧。
これをきっかけに、白人がケニアから撤退し始めます。
イギリス政府はケニア独立計画案を提示し、
1963年、ケニアは自らの手で独立を果たしました。

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このとき日本政府は、独立国ケニアをすみやかに承認。
独立の翌年には、首都ナイロビに日本大使館を設立しています。

独立以来、ケニアはアフリカ諸国のなかでは珍しく、安定した情勢を保ってきました。
ナイロビは、アフリカでも有数の大都市となり、東アフリカ諸国の政治や経済、
文化の中心として他国を牽引しています。
ナイロビには国連環境計画(UNEP)の本部があるほか、
アフリカ最大級の日本人コミュニティがあり、JICA、JETROなど日本政府の
主要機関や、貿易商社などの地域本部が置かれています。


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(大都会ナイロビ)


・・・


自立した国家となったケニアですが、国内では依然として
多くの問題を抱えています。
そのもっとも大きなものが、エイズです。

「私の大切なものは・・・」

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9歳の女の子、Nyanbaraちゃんは、エイズによる知能障害のため、
マルの絵しか描けません。

ケニア人の平均寿命は、2011年時点で57.1歳です。
(2010年の日本人の平均寿命は、男79.55歳、女86.30歳)
1985年には、ケニア人の平均寿命は59.5歳でした。
しかし2000年には、52.3歳まで低下しています。
この原因が、エイズの蔓延です。

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エイズは、1980年代にアメリカで初めて報告されました。
その後、検査方法が確立され、世界中に広がってしまったことが確認されました。
なお、最初、どの国からエイズが広まったかは、わかっていません。

世界には、現在、3400万人のHIV(ヒト免疫不全ウイルス)感染者と
エイズ発症者がいるとされ、その多くがアフリカ諸国に集中しています。
ケニアの成人(15〜49歳)のエイズ感染率は、1990年は3.9%でしたが、
2009年には、6.3%に増加しました。

ケニア政府は、爆発的に広まったエイズの感染を抑えるため、
当初、「エイズは怖い」「エイズになると死ぬ」といったマイナスイメージを
広めました。しかし、これはエイズへの偏見を強めただけで、
感染予防には(あまり)結びつきませんでした。

そこで政府は、方針を転換。
「新規感染の予防」、「治療とケアの推進」、「社会的影響の軽減」を柱に、
エイズが予防可能な病気であること、もし感染・発症しても、
治療により命をつなぐことができること、
などの知識の普及に力を入れるようになりました。

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(“If you have a healthy baby, you[=mother] will be happy.”
母子感染の予防を呼びかけるポスター。HIVに感染した母親から生まれる子どもが
感染する割合は15〜45%ですが、適切な処置とケアがあれば、2%にまで
抑えられるといわれています。)

ケニア国内には、無料でHIV検査を受けられる施設(VCT)があります。
しかし、エイズに対する偏見は根強く、HIV検査の受検率はなかなか上がりません。
また、2007年の調査では、HIVに感染していることが判明した者の83%は
過去に検査経験がないか、検査経験があってもHIVの知識が不十分であることが
わかりました。

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日本の国際協力機構(JICA)は、HIV検査の受検数増加をめざし、
「HIV検査数の年間10%の増加」をプロジェクト目標とした
「エイズ対策強化プロジェクト」を実施。
自発的なHIV検査と、エイズに関する知識の普及を含めたカウンセリングを
スムーズに行うためのマニュアルの策定、人材の育成などの体制づくりを
支援しています。

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エイズは、一度発症すると、毎日の薬の服用が欠かせず、
一生治療が必要な病気です。
予防だけでなく、その治療にも、先進国からの支援が行われています。

近年、世界的な不況により、先進国からのエイズに関する支援が
削減される傾向にあります。
「自国が大変なのに、よその国をみる余裕はない」という意見があります。
一方で、先進国の支援で命をつなぐ人がいます。
あなたは、どう考えますか?


・・・


「僕の大切なものは、学校です。勉強ができるのはうれしいです」

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エイズ対策が進まない背景には、エイズが神から与えられた罰であるとか、
同性愛者や売春などをする人だけがかかる病気だとかいった、
迷信や偏見が根強いことが大きな壁となっています。
(これには、聖書のなかにある、同性愛が広まった町に神が神罰を下した、
ソドムとゴモラの話などが影響しています。)

そうした迷信や偏見を解くためにも、科学や保健などの知識を含めた、
子どもたちへの「教育」は欠かせません。

ケニアでは、2003年に公立小学校が無償化されました。
それまでは、お金を払えず、学校に行けない子どもたちが多くいたのです。

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小学校は8年間で、2009年の就学率は82.6%と高い水準です。
誰もが基本的な教育を受けられる機会が与えられましたが、
それでも、制服代や必要経費、寄付などのお金を払えず、
途中で学校を辞めてしまう子どももいます。

また、小さい教室に多くの生徒が集まり、机などの設備のほか、
先生の数も不足しています。
2009年の、教師1人当たりの生徒数は47人です。

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住友化学株式会社は、国際NGO「ワールド・ビジョン」と協力し、
ケニアをはじめ、ウガンダ、タンザニアなどのアフリカ各国で
小中学校の校舎・先生の宿舎、給食設備の建設などに取り組みました。
2011年頭で、住友化学が支援した校舎は8件となり、現在は、学費支援、
備品援助などの教育支援活動が長期的に行われています。

(住友化学は、ケニアで蔓延している感染症のひとつ、マラリアを予防するための
『防虫剤入りの蚊帳(かや)』を開発しました。
その製造・販売による売り上げが、教育の支援に利用されています。)

なかには、84歳という高齢でしたが、無償教育を受けることが認められ、
小学校に通ったキマニ・マルゲというおじいさんもいました。
マルゲは、2005年の国連ミレニアム・サミットに出席し、
初等教育無償化の大切さを訴えるスピーチを行っています。
マルゲの話は、「おじいさんと草原の小学校」という映画にもなっています。



・・・


アフリカ諸国の中では比較的発展し、安定しているケニアですが、
貧富の差は拡大しており、失業率は40%にのぼるといわれています。
ケニアの成長の「影」の部分を表すかのように、
ナイロビには、アフリカで1、2を争う大規模スラム「キベラ」があります。

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キベラには、およそ80〜100万人が住んでいるといわれ、
政府もその正確な数を把握していません。
地方から仕事を求めてナイロビにやってきたものの、職を得られず、
流れ着いた人々が大半とみられています。
トタン屋根の小さな小屋に、大家族が身を寄せ合って住んでいます。
上下水道の整備は不十分で、衛生状態は悪く、
下痢などの感染症やエイズで亡くなる人も多くいます。

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国連大学と、東京大学大学院の「新領域創成科学研究科サステイナビリティ学
教育プログラム」は共同で調査を行い、開発途上国の人々が、一時的にでなく、
未来にわたってもずっと持続していける開発の方法を提唱しています。
(環境問題を起こさず、先進国からの援助にずっと頼りきったりせずに、
人々の生活を改善する方法を模索しています。)

たとえば、キベラの人々が共同出資し、排泄物を利用したバイオガス施設を作る。
そこで生み出されたガスを住民が買って、料理や明かりに使う。
自分たちの資源を使い、利益を生み出し、生活向上につなげる――――
こうしたビジネスモデルは、スラムの衛生設備の改善や、感染症の流行の抑止にも
有効だと考えられています。

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ケニア政府は、物理的・技術的な支援のほかに、
政策に関する助言も他国から受け、
2008年から2030年までの長期経済開発戦略として
「Vision2030」を発表しています。

Vision2030は、
●経済 …毎年の経済成長率10%の維持
●社会 …衛生的かつ安全な環境で人々が住め、平等で公正、結束力のある社会
●政治 …法に従い、すべてのケニア国民の人権と自由を守る政治の上に成り立つ
      民主政治システムの実現
の3本を柱に、2030年までの中所得国入りをめざす、総体的な国づくり計画です。
産業の工業化やインフラの整備、政治の透明性の確保(汚職の防止)などの
具体的目標が各分野で挙げられ、取り組みが進められています。


・・・


「僕の大切なものは、生きるために必要なものぜんぶです」

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農業につかう熊手や鍬(くわ)などの道具がありますね。

ケニアの人々の生活を支えている主な産業は、農業です。
農業生産はGDPのおよそ3割を占め、国民の7割以上が農業に関わっています。

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ケニアの主食はウガリという、トウモロコシの粉を練って蒸したもの。
ケニアでは、アメリカのような大規模農家ではなく、個人レベルでの
自給自足型の農家が多く、ウガリに使うトウモロコシのほかに、
じゃがいもや米なども栽培されています。

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(白いかたまりがウガリ。シチューや野菜と一緒に食べます)

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(トウモロコシを粉にしているところ)

ケニアでは、農村部の貧困率が高いことも問題となっています。
Vision2030では、農村部の貧困解消と経済成長のため、自給自足型の農業から、
市場向けの農業への転換も、課題に挙げられています。

・・・


「私の大切なものは、雨です。水を与えてくれるからです。
誰も、水なしでは生きられません」

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「アフリカの角」と呼ばれる地域をご存じでしょうか。

エチオピア、エリトリア、ジブチ、ソマリア、ケニアを含む、
インド洋と紅海に向かって「角」のように突き出たアフリカの東側の地域のことです。
この地域は、以前からたびたび、雨季に雨がふらず、大地が干上がってしまう
干ばつに悩まされてきました。

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2010年秋からの大干ばつは、過去60年のなかで最悪のものでした。
2年連続の雨不足が続き、大規模な食糧危機が発生。
2011年7月、国連の潘基文(パン・ギムン)事務総長は、
「1,100万人以上が生命救助のための支援を必要している」との声明を発表し、
各国に「アフリカの角」支援を強く訴えました。

エサである草が枯れてしまったことで、国立公園の野生動物や、
家畜である牛や羊もたくさん餓死しています。
個人農家が多いケニアでは、家畜で生計を立てていた人々も
打撃を受け、飢餓の危機に襲われることになりました。

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国際NGOの「セーブ・ザ・チルドレン・ジャパン」は、2011年10月から、
干ばつ被災者の支援として、ケニア北東州での水・衛生事業を実施しています。

水の確保が困難な地域では、人々は地面の水たまりから泥水をくんで
利用することもあり、衛生面が問題となっていました。
セーブ・ザ・チルドレン・ジャパンは、人々が安全な水を利用できるよう、
雨水の貯水容器や水の浄化剤を配布。

また、干ばつで暮らしが苦しくなったケニアの人々は、
家の大事な財産である家畜を最後まで手放さず、
代わりに子ども(女の子)を強制的に結婚させて現金収入を得る、
ということがありました。
しかし、この方法では、根本的な解決になっていないことは明らかです。

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セーブ・ザ・チルドレン・ジャパンは、干ばつが起きたときの防災教育(DRR)も
子どもたちに実施。
子どもを結婚させるのではなく、家畜を早めに売り、新しいビジネスを始めるなどの
方法を伝えています。


・・・


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独立以来、国民一丸となって国づくりをし、
周辺国の平和調停にも積極的に関与してきたケニア。

しかし近年、ケニアの安定に不穏な影がみえるようになりました。

隣国のソマリアは、1991年に内戦が勃発。
事実上の無政府状態に陥りました。
暫定政権と反政府勢力の抗争が泥沼化し、
国としての機能が停止している状態が続いています。

ソマリアからは、多数の難民が発生。
ケニア政府はこれを受け入れ、国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)により、
ケニア北東部に世界最大の難民キャンプ「ダダーブ難民キャンプ」が設置されます。

当初、9万人の収容が想定されていたキャンプですが、
現在、46万人以上の難民が避難生活を送っており、
その数は今も増え続けています。

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2010年からの「アフリカの角」の大干ばつでは、
ソマリアでの影響はとくに深刻なものとなりました。
これにより、ソマリアからケニア国内へ逃れてくる難民の数はさらに増加。

予想を上回る難民の数に、水や物資の不足、治安の悪化などの問題が起き、
特に子どもたちは、難民キャンプに到着後、数日以内に亡くなるケースが
多くありました。

UNHCRでは、難民キャンプの拡大、テントや毛布、栄養強化食品の提供のほか、
栄養失調を改善する緊急プログラムを実施しました。
その結果、難民の死亡率の低下に一定の効果を上げ、
5歳未満の子どもたちの栄養失調の割合は大幅に低下したといいます。


・・・


「家族がいて、家があって、神様にお祈りする、
普通の暮らしが一番大切です」

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ソマリアから大量の難民を受け入れたことで、
ケニアの治安は悪化していきました。

2011年には、ダダーブ難民キャンプ近くで、
イギリス人観光客やスペイン人国際NGO関係者らが
ソマリア側へ拉致される事件が発生。

これには、ソマリアの反政府イスラム過激派組織「アル・シャバーブ」が
関与していると見られています。

ケニア政府は、アル・シャバーブによる犯罪行為を阻止するため、
ケニア軍によるソマリア進攻を決定しました。
これを受けて、アル・シャバーブは
「(ケニア軍進攻の)報復のためのテロ攻撃をする」と宣言。

2012年6月〜7月には、モンバサの居酒屋やダダーブキャンプ近くの教会に
手榴弾が投げ込まれる死傷事件が起き、ケニア国内は緊張を強いられています。

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・・・


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1963年、独立したばかりのケニアで、初代大統領となったジョモ・ケニアッタ。

ケニアッタは、「ハランベ」という言葉をモットーに、
「新しい国家を皆で築きあげよう」と国民に強く訴えました。

ハランベ(HARAMBEE)とは、ケニアに古くから根付いている言葉・精神で、

みんなで助けあう
みんなで支えあう
みんなで築き上げる

という意味です。
困っている人を見たら、まったく知らない人でも、
みんなで協力し合ってお金や知恵を出しあいます。

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42もの部族が協力しあって、今のケニアがあります。
世界では、今も紛争が絶えません。
でも、国同士がお互いにハランベできたら。
困っていること、苦しんでいることを、みんなで補っていけたら。

ケニアがそうできたように、
みんなが笑顔で暮らせる世界に、近づいていけるかもしれません。


「笑顔の自分が、一番好き!」

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・・・
・・・


絵と写真を集めた人:
山本敏晴、丹野梓

画像データを編集し、文章を書いた人:
田島久美子

編集完了日:
2012年9月4日

監修・校正:
山本敏晴

企画・製作:
NPO法人・宇宙船地球号
http://www.ets-org.jp/


posted by お絵描きイベント at 19:26| 日記

2012年07月16日

東京都 Tokyo

東京都は、関東地方の南部に位置しており、
日本における首都としての働きをもっています。

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都の大きさは、およそ2000キロ平方メートルです。
これは、沖縄県より少し小さいくらいで、
日本の47都道府県内で3番目に小さい面積です。

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人口は約1300万人、都道府県内で一番人が多い場所です。
日本の人口は約1億3000万人ですから、
国民の10分の1が東京都にいることとなります。

また、東京都の都内総生産(GDP)は約85兆円で、
日本国内総生産の2割ちかくを占めています。


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(都のシンボルマーク:東京都のホームページより)

上の図は、東京都のシンボルマークです。
このマークは東京都の頭文字である「T」を真ん中にイメージし、
同じ円弧(部分的な円)3つによりできています。
色は、鮮やかな緑色で、
これからの東京都が、躍動し、繁栄し、潤い、安らぐように
という願いが込められています。


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(都の花 ソメイヨシノ:東京都のホームページより)

上の図は、東京都の花です。
ソメイヨシノは、江戸時代の末期から明治時代の初期にかけて、
東京染井村(現在は豊島区駒込)の植木屋さんがヤマザクラを品種改良して
生みだしました。

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初めは、桜で有名な奈良県吉野山にちなんで、人々はこの桜を
「ヨシノ桜」と呼んでいましたが、
まちがいを避けるため、後に染井村の名と合わせて「ソメイヨシノ」
と呼ぶようになりました。


・・・

「あなたの大切なものは何ですか?」

「僕は、歴史が好きです。」


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1868年、明治政府は江戸を東京という呼び名に変え、
東京府が誕生しました。

大正時代の1923年、関東大震災が起き、
10万人以上の死者・行方不明者が出ました。
苦難を乗り越えた東京ですが、
震災からわずか10年で人口が500万人近くに増え、
昭和時代の1932年には、人口世界2位の大都市となりました。

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1941年には太平洋戦争がはじまり、
200万人以上の日本人が命を落としました。

「僕の大切なものは、平和を生む心です。」

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この戦争中である1943年に、東京都が発足しました。
1945年に終戦を迎えると、
2年後の1947年、日本政府は日本国憲法を施行しました。

悲しみを胸に、1950年代から約20年間
日本は経済的に大きく飛躍しました。
この時期を「高度経済成長」期といいます。

1960年代には都の人口が1000万人を超え、
1964年には東京オリンピックが開かれました。

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1989年に平成時代が始まりました。
1990年代には、新宿に新都庁が誕生して、
現在に至っています。


・・・

東京都では、災害対策が課題となっています。

ミュンヘン再保険会社(2012年時点で世界最大である、
ドイツの再保険会社)は、
2003年、「世界大都市の自然災害リスク指数」を発表しました。

これによれば、世界の主な50都市の中で、
東京における災害への危険性は他の都市を大きく引き離して1番に高く、
その危険度はロサンゼルスの7倍、ロンドンの約20倍、
北京の40倍以上です。

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東京湾の下には、太平洋プレートをはじめ、
3つの厚い岩盤が重なっています。
そのため、この地点を震源とした、
直下型地震の起こる可能性が高いのです。

2016年までに、マグニチュード7クラスの地震が
約7割の可能性で起こることを、東京大学地震研究所は公表しました。

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これを受けて、
東京都は防災のための政策をおこなっています。

都は、以下4つを柱にして、対策を取っています。
1.東京都でも国とは別に対策を立てること
2.首都直下地震が起きた時の東京における被害予測
3.地震により、自宅に帰ることができない人々への対応
4.地域ぐるみで助け合う、隣組づくり

「あなたの大切なものは何ですか?」

「みんなで手を差し伸べあうことです。」

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また、東京都の防災ホームページでは、
家庭、地域、職場、それぞれの場所において
必要な対策を60項目以上紹介しています。


・・・

「あなたの大切なものは何ですか?」

「私たちが歩む、人生です。」

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東京都では、未婚率が高くなっています。
総務省がおこなった2005年の国勢調査によれば、
東京都民の未婚率は、31歳男性が約61%、
28歳女性が約64%です。
(全国平均では、男性31歳、女性28歳までは未婚率が50%以上ですが、
男性32歳、女性29歳以降は結婚している人が50%以上になります)
これは全国で1番高い割合です。

内閣府が出版している国民生活白書は、
未婚でいる理由として、1位「結婚したい相手にめぐり会わない」、
2位「金銭的に余裕がない」ことを挙げています。


「私の大切なものは、心に愛をもつことです。」

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高い未婚率は少子化を進めます。
朝日新聞が出した予測によれば、1990年生まれである女性の場合、
子どもをもうけない人が3割以上、孫をもたない人が5割に及びます。
少子化はやがて人口を減少をさせます。
2020年以降、生まれた赤ちゃんの2倍の人が毎年亡くなっていくと、
いわれています。

人口が減少すると、働ける人も減ります。
労働力が少なくなると、
東京、そして日本の経済は衰えてしまいます。

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NPO全国結婚支援機構は、都市と地方において、
少子化への対策と地域の活性化をすることにより、
豊かな人と幸せな家庭を増やすことを目標にして、事業をおこなっています。

このNPOは、未婚者や再婚希望者に向けて、
1.結婚への悩み相談やイベント開催などの支援事業
2.結婚相手紹介事業所の指導・育成・募集
などのプロジェクトを実施しています。

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民間組織が、行政や企業につづく架け橋として、
人々が積極的に参加し、支援しあえる場を提供することにより、
社会に貢献できると、このNPOは述べています。


・・・

「あなたの大切なものは何ですか?」

「私は、家族とずっといっしょにいたいです。」

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日本では、全国ほぼすべてで
少子化が問題になっています。
その中でも、東京都で、
最も問題となっています。

厚生労働省の2011年の人口動態統計で、
都道府県の出生率は、沖縄が最も高く、
東京は最低でした。

この理由は、働きながら育児をする人にとって、
仕事と生活の両立が難しい状況だからです。

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これを受けて、
働きながら子育てをする社員を応援する企業が増えています。

例えば、株式会社ベネッセコーポレーションは、
岡山県に本社がありますが、
東京都の多摩市にも、
第二の業務拠点を持っています。

この会社は、社内全体で、
仕事と家庭の良いバランスを取るための工夫をしています。

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この企業は、以下のような制度を整えています。

1.育児休業を、
  法律で定められている『1才6ヶ月まで』よりも、
  さらに長くとれるようにしました。

2.子どもが小学3年生になるまで、
  勤務時間が短くても良し、
  とする制度を作りました。

3.子育てが終わった後、
  社員が職場に戻り易いように
  アンケート調査や研修を始めました。


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こうした努力の結果、この企業は、
2007年に「くるみん」マークを取得しました。
くるみんとは、子育てを手助けするための取り組みを計画・実行し、
その成果がでた企業を認定するものです。

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(「くるみん」のマーク:厚生労働省のホームページより)

くるみんは、子どもを温かく「くるむ」ことと、
会社「ぐるみ」で仕事と家庭の両立を目指す意味をあらわしています。

厚生労働省は、2008年、
仕事と育児の両立を目指す企業に贈る厚生労働大臣最優良賞に
この企業を決定しました。


・・・

「あなたの大切なものは何ですか?」

「涼しい自然の中で、遊ぶことです。」

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東京では、温暖化が問題になっています。
特に、都市部では「ヒートアイランド」現象への対策が課題です。
ヒートアイランド現象とは、
エネルギーをたくさん消費することなどにより、
都市部の気温が周りの地域と比べて高くなる現象です。
東京都心の年間平均気温は、この100年間で4℃高くなりました。

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この現象の原因には、さまざまなものがあります。
たとえば、都市部は人口が多く、高層ビルがたくさんあります。
ビルの中を冷房によって冷やすと、その分の熱を建物の外に出すため、
外の気温が上がります。

建物そのものも、昼間に受けた周りからの熱を夕方から夜にかけて外に出すため、
夜になっても気温があまり下がりません。
また、自動車やトラックなどがエンジンをかけている状態も熱を出します。
都市部には森林などの緑地や池、湖などの水辺が少ないため
自然による冷やす効果が小さいこともあげられます。

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これを受けて、
NGO世界自然保護基金(WWF)ジャパンは、
温暖化防止に向けた取り組みを行なっています。
2003年、このNGOは佐川急便株式会社と協力して、
温暖化防止プログラムをはじめました。

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これを「クライメート・セイバーズ・プログラム」といいます。
環境問題対策へ意欲的に取り組んでいこうとする、世界の企業が
NGO世界自然保護基金とともに温暖化防止を目指す試みです。
このプログラムは、企業とNGOが話し合って自分たちの目標を定め、
別の機関による客観的なチェックを行うので、
取り組みは信頼度の高いものとなります。


「大切なものは、地球です。」

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佐川急便株式会社は、2003年からこの活動に参加しています。

「2002年度に比べて、一年間の二酸化炭素排出量を、
2012年度までに6%減らす。
そのために、石油に比べると、CO2排出量の少ない天然ガスで走るトラックを
約7000台導入する」という目標を決めました。

2002年度以降、毎年の進み具合をホームページ上で発表しながら、
この企業はプログラムを進めています。
2011年度の発表によると、これまでに7%以上の削減を果たしました。

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トラックを使って長い距離を運転する運輸業界にとって、
二酸化炭素の排出量を減らすのは難しいことです。
2012年3月現在、世界で28の企業がこのプログラムに参加しています。
佐川急便株式会社は日本最初の参加企業であり、
運輸業界では世界初でただ一社の企業です。

これを受けて、
株式会社産業経済新聞社が主催した、第13回地球環境大賞は、
地球環境会議が選ぶ優秀企業賞を、佐川急便株式会社に贈りました。


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「あなたの大切なものは何ですか?」

「健康です。」

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東京都では人口10万人当たりの病床(病人が寝るベッド。)数が少なく、
そのための対策が必要です。

厚生労働省の調査によると、
東京都における2010年の病床数は、人口10万人当たり約970床で、
全国にある47都道府県の中、43番目という低さです。
その中でも、療養病床(高齢者など、介護が必要な患者に向けた
長期入院用のベッド)数は人口10万人当たり約150床で、
全国で45番目と、最下位に近いです。

「大切なものは、ぬけた歯です。」

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東京都には高度な医療技術があり、全国から多くの患者が集まってきます。
各地域にいくつ病床を設けるかを決める制度がありますが、
現在、全国で統一された計算方式によって厚生労働省が決めています。

その地域に住む住人あたり何床つくると決まっており、
他県からやってきた人々の分は、この計算式に入っていません。
このため、すでにある病床が基準の数に達している場合、患者が増えても、
病院などを新しく開いたり増やしたりすることができません。

東京都では、2015年までに高齢者が急激に増え、
それ以降も増え続ける中で、
さらに病床数が足りなくなると都は予想しています。

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これを受けて、石原慎太郎東京都知事は、
小宮山洋子厚生労働大臣に対して、以下のような緊急提案をしました。

今後、基準病床数を決める計算方式を相談する時には、
1.入院患者が他の地域から多くやってくることなど、 
  東京都における地域の特性を考慮して、計算方式に反映させること。
2.病床数の計算方式に高齢化や人口の伸び率を加えるなど、
  将来見込まれる医療の状況を反映させること。


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「あなたの大切なものは何ですか?」

「どこで生きていても、同じ太陽にてらされて、同じ月を見てる
そういう、つながりです。」

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おわりに、
2012年に、この記事を書いた私の感想を書きます。

東京には、「2020年の東京」という、
大きな目標があります。
その中の、いくつかを抜粋します。

目標1 高度な防災都市を実現し、東京の安全性を世界に示す
目標3 水と緑の回廊で包まれた、美しいまち東京を復活させる
目標4 陸と海と空を結び、東京の国際競争力を引き上げる
目標6 少子高齢社会における都市モデルを構築し、世界に範を示す
目標7 誰もがチャレンジできる社会を創り、世界に羽ばたく人材を輩出する

これらの目標を土台にして、描く都市像が東京にはあります。

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東京は、2020年には、どんな姿になっているのでしょうか。

上へ上へと伸びていく都市であるとともに、
「幸せを感じられる力」、「幸せをわけあえる力」
のある東京になっていたらいいな、と私は願います。





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絵と写真を集めた人:
山本敏晴(2003,2004,2006,2007年)

画像データを編集し、文章を書いた人:
渡部香織

編集完了日:
2012年9月17日

監修・校正:
山本敏晴

企画・製作:
NPO法人・宇宙船地球号
http://www.ets-org.jp/

人物が写っていない画像は、
以下のフリー素材会社から提供を受けたものもあります。
(株)データクラフト「素材辞典」
http://www.sozaijiten.com/


posted by お絵描きイベント at 08:38| 日記