サッカー無しでは、夢は見られません。」
カメルーンと聞いて
先ずサッカーを思い浮かべる人が
多いのではないでしょうか。
FIFAワールドカップ日韓開催では、
「いちばん小さな自治体をキャンプ地にした国」として
大分県中津江村と共に
多くの日本人に記憶されました。
カメルーンは、アフリカ大陸の中でも
特にサッカーが盛んです。
アフリカネーションズカップにて
これまでに4度の優勝を経験しています。
近年では、FIFAワールドカップでも
すっかりおなじみの国になりました。
これらの大会はヨーロッパのクラブチームにとって
絶好の選手発掘の場となっています。
そして、カメルーンのサッカー少年にとっても
ヨーロッパのクラブチームにスカウトされることが
夢への近道なのです。
「ヨーロッパのサッカーチームで活躍して
使いきれないほどのお金を稼ぐんだ!」
そんな夢を見る少年とその家族は
一縷の望みを、渡航費や滞在費と共に
新人選手を紹介するエージェントに託します。
しかし、家族が用意したお金を詐取したり、
書類の偽造をしたりする悪徳業者が少なくありません。
うまくヨーロッパに渡れたとしても
成功するのは何万分の一です。
チームとの契約も就職も出来ず
ホームレスとなり麻薬に溺れる少年が後を絶ちません。
この状況を重く見た、カメルーン出身のサッカー選手
ジャンクロード・ムブミン氏は
NGO団体 Foot Solidaire(フット・ソリデール)を立ち上げ
フランスに来たサッカー少年の相談や保護を行っています。
また、日本の青年海外協力隊は
サッカーなどのスポーツを通して
協調性やチームワークを育てる教育を
小学校などで実施しています。
2010年にはサッカー日本代表の北澤豪選手が
国際協力機構(JICA)オフィシャルサポーターとして
カメルーンの小学校を訪れています。
「自分がボールを持っていないときでも
チーム全体の動きを把握して、
チームが勝利するために自分に何ができるか常に考え
みんなで協力してほしい」
サッカーによって得られるのは
お金だけではないのです。
…
「私の大切なものは『自然』です
家畜が生かされ、また私たちが生きていくために
自然の恵みが不可欠です。」
「カメルーンはアフリカのミニチュアである」と
表現されることがあります。
そう呼ばれる理由の一つに、
多様性に富む自然があることが挙げられます。
南部は熱帯雨林
西部は渓谷と火山
中部は高原
北部はサバンナあるいは砂漠地帯
という具合にです。
また、カメルーンはその雄大な自然と共に
約500種の絶滅危惧種を保有しています。

なかでも、首都ヤウンデの東から南に延びる
ジャー動物保護区は世界遺産になっており、
絶滅危惧種も多く生息しています。
人間では、バカ族のみ居住を許されています。
「私の大切なものは『家畜』です。
でも、長い乾季のせいで
私の家の家畜が全て死んでしまいました。」
地球温暖化は、カメルーンの自然と動物と
それによって生かされている人間の
生命を脅かしています。
2008年頃から続く干ばつによって
5歳以下の子どもや、妊婦・授乳中の女性
およそ 12万 4000人が
急性栄養失調に苦しんでいます。
この干ばつによって世界規模で
食糧価格が高騰しました。
カメルーンでは暴動に発展し
死傷者が出ました。
これに対し、カメルーン政府は
輸入食品の一部に減税の措置をとりました。
また食糧生産倍増を目標とする
2年計画を発表しました。
またカメルーン政府からの要請を受けたWFPは
ユニセフなどと協力しながら
食糧不足と栄養不良の打撃を受けた地域への
支援を行いました。
地球温暖化について科学者のあいだでも
日々様々に議論されており
真偽はまだはっきりしていません。
しかし、ここカメルーンにおいて
自然の楽園が急速に失われていることは
疑いのない事実なのです。
…
「私の大切なものは『経済力』です
私の家では、テレビを買えたおかげで
最新のニュースや娯楽が手に入ります。」
「アンゴラには原油が、
マリには綿花が、
コートジボワールにはカカオがある。
…そしてカメルーンにはそれら全てがある。」
と、世界的経済誌に言わせるほど、
カメルーンの経済は潤沢です。

大陸に在って海に開かれた国であること
また資源が豊富であることに加え、
政治的安定や、整備された法や制度が
カメルーンの経済成長をますます期待させます。
日本語でこれを読んでいる皆様は
カメルーンのことは知らなくても
地理も文化も近いベトナムのことなら
知っているという方も多いのではないでしょうか。
ご存知の通り、VISTAの一つとして
『有望新興国』と考えられています(→※1)。
実は、カメルーンの教育と経済は
このベトナムとほぼ同水準なのです。
2008年までに成人した人が教育を受けた年数は、
ベトナムが5.5年
カメルーンは5.9年です。
国民一人当たりの平均所得(GNI/人口)は
ほぼ同じです(→※2)。
しかし国連開発計画(UNDP)による
人間開発指数の総合ランクでは
ベトナムが113位なのに対し
カメルーンが131位と
大きく引き離されています。
カメルーンがベトナムに
大差を付けられているものは何でしょうか。
それは、医療です。
ベトナムの平均寿命が75歳なのに対し、
カメルーンは51歳です。
また5歳になる前に死亡する子どもは、
ベトナムでは1000人に14人
カメルーンでは1000人に131人
の割合でいることが分かっています。
なぜ、カメルーンの医療水準は
経済や教育と共に伸びなかったのでしょうか。
理由の一つに、カメルーンでは現在でも
民間伝承による医療が
重んじられていることが挙げられます。
彼らは下痢を薬草と祈りで治そうとします。
もちろん、それらが精神的な効果として
有効なこともあります。
しかし近年被害が拡大しているコレラやエイズには
少なくとも効果が無いようです。
2010年にはカメルーン北部で
コレラが流行しました。
コレラは、きれいな水と抗生物質を用いれば、
死亡率を1%以下に抑えられる病気です。
しかし、カメルーンのコレラによる死亡率は
7%以上といわれています。
北部の農村部では
適切な情報や医療機関へアクセスできないため
手近な民間医療に頼らざるを
得なくなっていると考えられます。

この問題に対してユニセフは、
地元の携帯電話会社や小学校などと協力して
衛生に関する意識の啓発を行っています。

次に、避妊普及率を数字で見てみましょう。
経済力と教育水準がカメルーンと同程度のベトナムでは
避妊普及率が79%です。
それに対して、カメルーンの避妊普及率は29%です。
低い避妊普及率と手薄い医療では
HIVの予防や感染者へのケアが
充分にできません
そこで、ソニー株式会社、UNDP、JICAは
2010 FIFA ワールドカップの際に
パブリックビューイングを
カメルーンとガーナで実施しました(→※3)。

カメルーンはサッカーが盛んなことは
先に述べたとおりです。
その一方で、テレビの普及率は20%と
決して高くはなく、ほとんどの人は
自国の試合を応援できません。

そこでまず、ソニーによって
太陽光などで発電した電気を使って
サッカー中継が上映されました。
集まった人々は一丸となって
自国の選手を応援しました。
そして、ハーフタイムには
UNDP、JICAのスタッフが
HIV検査や感染者のカウンセリングを行いました。
このプロジェクトによって
2カ国合わせて、約5、000人に対して
HIV蔓延対策を行うことが出来ました。
カメルーンにおいてサッカーは
協調性と健康
そして感動を人に与えているのです。
…
ちなみに、UNDPによる人間開発指数の総合ランクで
11位を誇る日本の避妊普及率は
59%と、軒並み低い数値です。
日本は先進国の中で唯一、
HIV感染者が増加している国と言われています。
この点について我々は
改善していかなければならないでしょう
…
「私の大切なものは『伝統』です。
両親やおじいさん、おばあさんは
学校でも教えてくれないことを
私たちに教えてくれます。」

コレラやHIVウイルスに対して
現代医療が民間伝承より効果的であることは
先に述べました。
しかし、ここで気をつけなくてはならないのが
性や生命の考え方に対して
どの価値観が正しいということはないということです。
そこで、現代医療をカメルーンにもたらすことが
先進国の価値観を押し付けるのではなく、
カメルーンの国民に選択肢を増やす機会となるべきなのです。
例えば、性の問題において
様々な解釈が存在します。
避妊が身近な人にとって
避妊具を用いない性交渉は
『不潔』そのものでしょう。
一方で、避妊具になじみのない人にとって
ゴムを隔てた愛で満足する人は
『哀れみと軽蔑の対象』なのでしょう。
どちらの解釈も間違いではないのです。

大事なことは、考えうるリスクをてんびんにかけて
よりリスクの低い行動を選択することです。
先の例の場合
「HIVに感染するかもしれない」という
リスクを取るか
または「愛を体現する」という
リターンをとるか、という選択肢があり
どちらを選ぶかは個人の自由なのです。
現代医療を、新しい選択肢の一つとして
紹介するという姿勢が
多用な文化と健康的な生活の共存を
実現する国際協力なのではないでしょうか。
民間伝承と最先端医療の共存は
難しいことではありません。
実際に、我々日本人は2つを
共存させています。
例えば、Jリーグのチームはシーズン前に
地元の神社で必勝祈願を行います。
そして、試合で怪我をしたら
最先端の医療を利用します。
信仰と現代医療を、状況に応じて
合理的に選択することで、
日本のサッカー選手は思い切りプレーが出来るのです。
「文化の保守か最先端技術の導入か」という問題は
医療に限りません。
国際協力をすれば必ず直面する問題です。
でも、多様性を受け入れれば
解けない問題ではないのです。
教育や経済は
着実に成長させてきたカメルーンです。
医療の向上と文化の保存にどう取り組むのか
これからも見守っていきましょう。
「私の大切な物は『カメルーン』です。
ここに私たちがいます。」

…
注釈
※1
VISTAとは、ベトナム、インドネシア
南アフリカ、トルコ、アルゼンチン
の5カ国をのことです。
※2
GNIについて厳密に言えば
計算の仕方により数値が異なります。
それぞれの通過で、買える財やサービスの量を
等しくして換算した平均所得
(PPP方式によるGNI)によると
ベトナム: 約 3,000 米ドル
カメルーン: 約 2,200 米ドル
一方、市場為替レートで換算した平均所得
(アトラス方式GNI)では
ベトナム: 約 1,000 米ドル
カメルーン: 約 1,200 米ドル
となります。
しかし、順位のみを比較すると
2つの国に大きな開きはありません
そこで、ベトナムを
経済力がカメルーンと同程度の国
とみなして比較対象としました。
なお、PPP方式によるGNIのほうが
商品やサービスの価格を考慮しており
国民の生活水準を比較するのに適当だと言われています
UNDPの人間開発指数ランクでは
PPP方式によるGNIが
経済力を示す指標として用いられています。
※3
パブリックビューイングとは
スポーツなどを大型ディスプレイで
大勢が鑑賞することです。
・・・
・・・
絵と写真を集めた人:
木下 晶子、山本 敏晴
画像データを編集し、文章を書いた人:
小野 明日美
編集完了日:
2011年10月1日
監修・校正:
山本敏晴
企画・製作:
NPO法人・宇宙船地球号
http://www.ets-org.jp/
人物が写っていない画像は、
以下のフリー素材会社から提供を受けたものもあります。
(株)データクラフト「素材辞典」
http://www.sozaijiten.com/